細目デ地球観察 ~ ワタルヒライの世界一周 ~
世界一周を道半ばで断念した男が、理想と現実のギャップに悩みながら、日本での社会復帰を目指すブログ
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WATARU

Author:WATARU
仕事を辞め、2009年2月27日に
世界一周スタート。
2010年7月30日、世界一周を
半周で止め、日本に帰国。
世界半周で得た、考えと現実の
ギャップに悩む25歳男が
日本での社会復帰を目指す。

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パレスチナ問題 IN ヘブロン
ベツレヘムからヘブロンまではバスで行く。(所要40分/5NIS)



ヘブロンという町は、パレスチナ,イスラエル両方に跨る町であり



ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の祖であるアブラハムの墓がある聖地である。



パレスチナ側とイスラエル側を行き来する為の通路↓

s-IMG_2271.jpg


壁の向こうはイスラエル↓

s-IMG_2242.jpg



ヘブロンに無事到着し、街中を歩き出して1分も経たないうちに、若者に話しかけられた。



若者 『ヘブロンへようこそ!名前は?』



僕 『ワタル。』



若者 『僕はマホメッド、宜しくね。』



僕 『宜しく。僕は日本から来たんだ。』



若者 『日本か~。ジャッキー・チェーン!!』



僕 『…彼は中国人だよ。』



若者 『ブルー・スリー!!』



僕 『…彼も中国人だ。』



若者 『カンフー♪カンフー♪』



僕 『..............................。』



もはや何を言っても無駄である。



こんな感じの会話を、中東に来て何度したことか。



この辺の人からしてみれば、日本人も中国人も韓国人も一緒らしい。



引き続き



若者 『日本のどこから?』



僕 『大阪(香川と言っても誰も知らないので)。』



若者 『ガンバ大阪!!日本は今度のワールドカップ出るの?』



僕 『ガンバ大阪知ってんの!?詳しいな!!今度のワールドカップは日本出るよ。』



その後もサッカー中心の会話をしながら、一緒に街中を歩き、パレスチナ人はフレンドリーだななんて



思っているていると、突然、彼が言った。



若者 『ここから先は一緒に行けない。』



僕 『なんで?』



若者 『あそこにイスラエル軍の兵士がいるだろ?パレスチナ人の僕と外国人の君が一緒に歩いてると
    


    色々めんどくさい事になるから。』

s-IMG_2278.jpg



そういって彼は去って行った。



一見平和そうに見えるここヘブロンも、パレスチナ自治区の一部であり



色々と複雑な問題があるのだと実感する。



一人で暫く歩いていると、又、違う兄ちゃんが声を掛けてきた。



イスラエル軍がパレスチナに対して、やった事を見て、知らない人に伝えて欲しいとの事。



そうして僕は、ある一軒の家に連れて行かれた。



彼が言うには、イスラエル軍の兵士がやって来て、この家の子供を射殺したらしい。



ドアノブを破壊され、燃やされた後。

s-IMG_2232.jpg



水を貯めるタンクには銃弾の後が。

s-IMG_2234.jpg



射殺された子供のお母さん。

s-IMG_2240.jpg



ユダヤ人が家の窓から、道行くアラブ人に物を投げつけるのを防止する為に、道には金網がはってある。

s-IMG_2275.jpg




彼の話では、その他にもイスラエルはパレスチナに対し、様々な弾圧を行ったらしい。



何故そんな事が起こるのか?



イスラエル軍がそうするには理由があるはず。



そう思い、自分なりにヘブロンの歴史を調べてみた。



ざっとこんな↓感じらしい。



イスラエル建国時、ヘブロンはヨルダン領域内であった。



1929年、アラブ人に追放されたユダヤ人の元住人が再び入植し始めた。



同年、暴徒化したアラブ人による67人のユダヤ人虐殺が起こる。



1967年、第三次中東戦争により、イスラエル領となる。



1980年、パレスチナ人による6人のユダヤ人銃撃を機に、イスラエル政府はアブラハム聖廟



(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の祖の墓)付近に住むパレスチナ人を追放。



代わりにユダヤ人を入植させた。



1994年、ユダヤ人入植者による、パレスチナ人へのテロが起こる。死亡者は29人とされているが



イスラエル軍の発砲があったとの噂もあり、そう犠牲者はもっと多いとも言われている。



1997年、ヘブロン合意により80パーセントをパレスチナ自治政府の治安部隊が、



20パーセントの入植地をイスラエル軍管理下に置くことで合意した。 



調べてみたら、歴史的には、イスラエルが一方的にパレスチナを弾圧してた訳ではないようだ。



ただ、争いが争いを生み、現在でも双方の関係は悪化したままという印象を受ける。



イスラエルとパレスチナが争いを止め、お互い共存すればいいと言うのは簡単だ。



でも、どうやって?という問いに答えられる人は少ないのではないだろうか。



もし、僕がヘブロンで僕が会った家庭の様に、家を破壊され、子供を殺された人達



の立場であったなら、その相手を許すことなんて出来ないだろう。



そういった思いが無くならない限り、パレスチナ問題は解決出来ないと思うし



その思いを無くすには、長い争いの歴史の中で、お互いに辛い思いをし過ぎたと思う。



パレスチナ問題を解決するには、お互いどこかで妥協点を探し、落ち着くしかないと思うのだが



正直僕にはその妥協点がなんなのか分からないし、問題の当事者じゃない僕が



いくら考えたところで、答えは出ないと思う。



そんな中、せめて僕に出来る事を考えた。



それは現実を見て、自分なりにこの問題について理解する事。



折角、イスラエルに来たのに、なにも知らないで、無関心なままの人間にはなりたくないから。







ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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