細目デ地球観察 ~ ワタルヒライの世界一周 ~
世界一周を道半ばで断念した男が、理想と現実のギャップに悩みながら、日本での社会復帰を目指すブログ
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WATARU

Author:WATARU
仕事を辞め、2009年2月27日に
世界一周スタート。
2010年7月30日、世界一周を
半周で止め、日本に帰国。
世界半周で得た、考えと現実の
ギャップに悩む25歳男が
日本での社会復帰を目指す。

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アウシュヴィッツ~ナチスの大罪~
アウシュヴィッツ収容所。




誰もが知っているその場所が、ポーランドにある事を僕は恥ずかしながら
知らなかったのだけど、実はアウシュヴィッツを訪れるために、ここポーランドに来た。




クラクフからアウシュヴィッツまではメインバスターミナル(クラクフ駅の横)
から1~2時間に一本ミニバスが出ており、所要1時間半、9PZL。




アウシュヴィッツに到着し、日本語パンフレットを4PZLにて購入し、中に入る(入場料無料)。



ここでアウシュヴィッツの概要を少し…

1940年、第二次世界大戦中にアウシュヴィッツ収容所は建てられた。

1939年9月の戦闘後、オシフィエンチム市を含むその一帯がナチス・ドイツ
の占領下におかれ、その地名もドイツ語のアウシュヴィッツに改められた。

人口密集地から離れており、増設・隔離が容易いることと、交通の便が
良いことから、オシフィエンチムが建設地地として選ばれた。

設立当初はポーランド人政治犯を収容することを目的としていたが、時間の経過
と共に、ヨーロッパ全域、主にユダヤ人、そしてジプシーとソ連軍捕虜をここに
送り込みだした。

平均収容人数は13,000人~16,000人であり、ピーク時の1942年には
その数は約28,000人にのぼる。

収容所に送られてきた人々の殆どは、東ヨーロッパに移住させられるだけと
信じていたが、実態は違った。

特にギリシャとハンガリーのユダヤ人はナチスより、架空の土地、商店などを
購入し、騙されて連れて来られた。

移住するとつもりであった人々は、価値ある財産を身に付け、持ってきており
それらは、収容所で全て没収された。

収容所に送られてきた人々を待っていたのは「選別」である。

過酷な労働に耐えうると判断されたものは収容所へ、その他の人は、ガス室へ。

元所長の証言によれば、約70%の人がガス室へ送られていたという。

ガス室で殺された人々は、髪を刈られ、金歯を抜かれ、その灰は肥料として使われた。

「選別」により、収容された囚人を待っていたのは、過酷な労働、拷問、飢え
寒さ、伝染病、人体実験、そして虐殺…。

リストに載せられる事無く、殺害された人多いため、正確な人数は把握困難だが
ここアウシュヴィッツでは150万人のユダヤ人、8,320人のソ連軍捕虜、23,000人の
ジプシーが殺害されたと言われている。




.....................................................................惨すぎる。




現在のアウシュヴィッツには、一見、当時の惨劇を思い起こさせる雰囲気はない。


blog-IMG_6174.jpg


blog-IMG_6176.jpg




入口のゲートには「働けば自由になる」というプレートが掲げられている。


blog-IMG_6171.jpg




収容所に到着した日、囚人達は「お前達に出口は一つしかない。焼却炉の煙突だ。」
と言われたという。

収容所内から見るゲート、収容されていた人々はどんな気持ちで
眺めていたのだろうか…。


blog-IMG_6187.jpg




この様な建物の中で、囚人は寝起きをしていた。


blog-IMG_6177.jpg




中に入ると、息を呑む様な資料が多数展示されていた。




そこには、おびただしい量の人間の髪の毛とそれから作ったテキスタイルがあった。




そこには、おびただしい量の囚人から没収された眼鏡、靴、ブラシ…があった。




そこには、おびただしい量の使用済みの毒ガスの空き缶があった。




そこには、数え切れない囚人の顔写真があった。




でも、それらは実際に存在したもののごく一部であると思うと、その悲劇の規模に驚く。




一体どうして、こんな事が起き得たのだろうか?




とてもじゃないけど、人がなせる業とは思えない。




そして、僕は一枚の写真を見て、さらなる衝撃を受ける。




それは、ある女性の収容所に送られる前と後の写真であり、ふくよかなその体が
人間とは思えないくらい痩せこけたものだ。




僕はその写真を見て、ここで起きたことを想像しようとしても、それは不可能だと思った。




僕の想像力を超えた悲劇がそこでは起こったから。




第二のアウシュヴィッツ、ビルケナウ収容所のガス室跡前で、ある一団が泣きながら
祈りを捧げていた。




そこで起きた計りようのない悲劇は今も人々の心に悲しみをもたらす。




ナチスの大罪=人類の大罪、僕達人間はその特性ゆえに、とてつもない過ちを引き起こす。




ここが負の遺産として、世界遺産に登録されている意味について、ここに訪れた僕を含め
人類は考えないといけないと思う。




今も世界中で起こる悲劇を失くすために。












ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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