細目デ地球観察 ~ ワタルヒライの世界一周 ~
世界一周を道半ばで断念した男が、理想と現実のギャップに悩みながら、日本での社会復帰を目指すブログ
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WATARU

Author:WATARU
仕事を辞め、2009年2月27日に
世界一周スタート。
2010年7月30日、世界一周を
半周で止め、日本に帰国。
世界半周で得た、考えと現実の
ギャップに悩む25歳男が
日本での社会復帰を目指す。

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爆弾騒ぎ…ボケェェェェェ!!
今日でポーランド最後の日。




明日にはハンガリーから、エジプトに向けて飛行機で飛ぶ予定。




空港のあるブダペストまでは、クラクフからバスで向う…




つもりだった。




その日、僕は15:00発のバスに合わせ、10分前にクラクフメインバスステーションに到着した。




何故か入口には、警官がずらりと並んでいる。




なんだこれ?




と思いつつも、時間もあまりないし、あまり気にも留めずに中に入ろうとすると
警官の一人に「ここら先には入れない!爆弾があるから!」と言って止められた。




え~!!




飛行機のフライトは明日…




クラクフからブダペスト行きのバスは一日一便…




今日乗らないと、フライトに間に合わない…。




バスステーション関係者がどこに避難しているかも分からない。




その辺の野次馬に、ブダペスト行のバスはどうなった?と尋ねるも
返って来る答えは”知らない”ばかり。




どうしよう…




そうだ!




チケットを買った旅行代理店に行けば、何か分かるかもしれない。




と思い、向うも




…休み。




これじゃ、チケットの返金もできねーじゃねぇか!!




そうこうしているうちに、40分ほどでバスステーションが開放された。




調査の結果、どうやら爆弾は無かったようだ。




バスも運行を無事再開し、僕が乗るはずのバスを探す。




が、見つからない…




どういう事?




バスチケット乗り場の係員に聞くと、「そんなもんとっくに出発したよ。」との事。




..........................................




は?




いつ?




どこから?




なんで?




係員曰く、バスステーションから少し離れた道路にバスを集め
臨時ターミナルを作って、爆弾騒ぎの中、全てのバスはほぼ定刻通り出発していたらしい。




.............................................




.............................................




.............................................




なんでそういう事するかなぁ!




ちゃんとした案内もなしに、そんな事したら、乗り遅れる人が沢山
出るに決まっとるやんか!




ボケェェェェェェェ!!!




と誰かにこの怒りをぶつけたい衝動に駆られるも
チケット買った所は休み、ハンガリーのバスだったので、バス会社のオフィスもない。




どうあがいたところで…




バスには乗れない。




金は返ってこない。




冷静になろう。




僕は明日の昼までにブダペストに着き、エジプト行きの飛行機に乗らないといけない。




そう自分に言い聞かせ、クラクフ駅に向う。




チケット販売窓口でブダペスト行はあるか?今日、出発か?と訪ねると
幸い夜行があるとの事。




良かった~。




即、チケットを購入し、無事ポーランドを脱出出来た。




それにしても、釈然としない…ボケェェェェ!!!!








【クラクフ→ブダペストの移動】

・くそバス:70PNL(パス使用不可),所要7時間。

・電車:154PNL(2等寝台),所要12時間。



【ブダペスト市内から空港への行き方】

地下鉄M3 Kobanya Kispect駅下車、200Eのバスにて約20~30分。

(地下鉄シングルライド、バス代共に:320Ft)










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シンドラーのリスト
スティーブン・スピルバーグ作の映画、「シンドラーのリスト」を
見たのは僕が小学校6年生の頃だったろうか…?




それまで映画といえば、アニメだとか、流行りものの娯楽映画しか面白い
と感じなかった当時の僕が、初めて面白いと感じた深刻なテーマの映画である。




その内容は第二次世界大戦下、ナチ党員である企業家オスカー・シンドラーが
自身の持つ工場で働く1100人以上のユダヤ人をナチスによるホロコーストから
護るというもの。




この物語は完全なノンフィクションではないが、シンドラーが1100人以上の
人々の命を救ったことは実話である。




シンドラーの工場↓


blog-IMG_6229.jpg


blog-IMG_6231.jpg




かなり昔に見た為、ストーリーを完全に把握している訳ではないけれど
印象的だったシーンがある。





事が終わった時、シンドラーが残された数少ない私財を指し
「この指輪があれば、後~人救えたのに。この金歯があれば…。」
と嘆くところ。




1,100人もの人々の命を救って、嘆くことが当時の僕には理解出来なかった。




そして何より、映画なんてハッピーエンドしか見たことがなかったから
そのストーリーの終わり方に、釈然としないものがあった。




でも、当時の僕はその映画を面白いと思ったし、その映画の持つメッセージ
を受け、何とも言えない気持ちになったの覚えている。




今思えば、あの時くらいの年から、深刻な社会問題について真剣に考え
出せるようになったのかもしれない。







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アウシュヴィッツ~ナチスの大罪~
アウシュヴィッツ収容所。




誰もが知っているその場所が、ポーランドにある事を僕は恥ずかしながら
知らなかったのだけど、実はアウシュヴィッツを訪れるために、ここポーランドに来た。




クラクフからアウシュヴィッツまではメインバスターミナル(クラクフ駅の横)
から1~2時間に一本ミニバスが出ており、所要1時間半、9PZL。




アウシュヴィッツに到着し、日本語パンフレットを4PZLにて購入し、中に入る(入場料無料)。



ここでアウシュヴィッツの概要を少し…

1940年、第二次世界大戦中にアウシュヴィッツ収容所は建てられた。

1939年9月の戦闘後、オシフィエンチム市を含むその一帯がナチス・ドイツ
の占領下におかれ、その地名もドイツ語のアウシュヴィッツに改められた。

人口密集地から離れており、増設・隔離が容易いることと、交通の便が
良いことから、オシフィエンチムが建設地地として選ばれた。

設立当初はポーランド人政治犯を収容することを目的としていたが、時間の経過
と共に、ヨーロッパ全域、主にユダヤ人、そしてジプシーとソ連軍捕虜をここに
送り込みだした。

平均収容人数は13,000人~16,000人であり、ピーク時の1942年には
その数は約28,000人にのぼる。

収容所に送られてきた人々の殆どは、東ヨーロッパに移住させられるだけと
信じていたが、実態は違った。

特にギリシャとハンガリーのユダヤ人はナチスより、架空の土地、商店などを
購入し、騙されて連れて来られた。

移住するとつもりであった人々は、価値ある財産を身に付け、持ってきており
それらは、収容所で全て没収された。

収容所に送られてきた人々を待っていたのは「選別」である。

過酷な労働に耐えうると判断されたものは収容所へ、その他の人は、ガス室へ。

元所長の証言によれば、約70%の人がガス室へ送られていたという。

ガス室で殺された人々は、髪を刈られ、金歯を抜かれ、その灰は肥料として使われた。

「選別」により、収容された囚人を待っていたのは、過酷な労働、拷問、飢え
寒さ、伝染病、人体実験、そして虐殺…。

リストに載せられる事無く、殺害された人多いため、正確な人数は把握困難だが
ここアウシュヴィッツでは150万人のユダヤ人、8,320人のソ連軍捕虜、23,000人の
ジプシーが殺害されたと言われている。




.....................................................................惨すぎる。




現在のアウシュヴィッツには、一見、当時の惨劇を思い起こさせる雰囲気はない。


blog-IMG_6174.jpg


blog-IMG_6176.jpg




入口のゲートには「働けば自由になる」というプレートが掲げられている。


blog-IMG_6171.jpg




収容所に到着した日、囚人達は「お前達に出口は一つしかない。焼却炉の煙突だ。」
と言われたという。

収容所内から見るゲート、収容されていた人々はどんな気持ちで
眺めていたのだろうか…。


blog-IMG_6187.jpg




この様な建物の中で、囚人は寝起きをしていた。


blog-IMG_6177.jpg




中に入ると、息を呑む様な資料が多数展示されていた。




そこには、おびただしい量の人間の髪の毛とそれから作ったテキスタイルがあった。




そこには、おびただしい量の囚人から没収された眼鏡、靴、ブラシ…があった。




そこには、おびただしい量の使用済みの毒ガスの空き缶があった。




そこには、数え切れない囚人の顔写真があった。




でも、それらは実際に存在したもののごく一部であると思うと、その悲劇の規模に驚く。




一体どうして、こんな事が起き得たのだろうか?




とてもじゃないけど、人がなせる業とは思えない。




そして、僕は一枚の写真を見て、さらなる衝撃を受ける。




それは、ある女性の収容所に送られる前と後の写真であり、ふくよかなその体が
人間とは思えないくらい痩せこけたものだ。




僕はその写真を見て、ここで起きたことを想像しようとしても、それは不可能だと思った。




僕の想像力を超えた悲劇がそこでは起こったから。




第二のアウシュヴィッツ、ビルケナウ収容所のガス室跡前で、ある一団が泣きながら
祈りを捧げていた。




そこで起きた計りようのない悲劇は今も人々の心に悲しみをもたらす。




ナチスの大罪=人類の大罪、僕達人間はその特性ゆえに、とてつもない過ちを引き起こす。




ここが負の遺産として、世界遺産に登録されている意味について、ここに訪れた僕を含め
人類は考えないといけないと思う。




今も世界中で起こる悲劇を失くすために。












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クラクフ旧市街
次なる目的地は、ポーランド。




ブラティスラバのメインバスステーションから
ポーランドのクラクフまではバスで8時間(パス使用)。




先ずは、世界遺産にも登録されているクラクフ旧市街を散歩する。




クラクフ中央広場の面積は約4万m2と広大であり
中世から残る広場としては最大規模を誇る。


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旧市庁舎の塔、旧市庁舎は1820年に取り壊され
現在は塔だけが残されている。


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織物会館、広場中央にある建物で、14世紀に立てられたルネッサンス式の建物。
(当時は反物の交易所だった為、この名がついた)


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聖ヴォイチェフ教会 10世紀に建てられたクラクフ最古の教会。

普通、広場の中には教会はないが、この教会は広場よりも歴史が古く
先に教会ができ、後から広場ができたそう。


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アダム・ミツキエビチの像


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イゴール・ミトライ、人を悩ませるエロス(エロス像)


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聖マリア教会 1222年に建てられたゴシック様式の教会。

クラクフで一番美しいとも言われている。


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このマリア教会に昔から伝わる逸話がある。

それは、昔、モンゴル軍がクラクフを攻め入った時、この教会の窓から
ラッパ吹きがラッパを吹いて危険を知らせようとしたが、最後まで吹き終わらないうちに
モンゴル軍の兵士によって喉を打ち抜かれて殺されてしまったというもの。

それを悼んで、今でも毎時刻4つの窓から1回ずつラッパが吹かれる。

そのメロディーを聞いてみると、その時のラッパ吹きと同じように
途中までで終わってしまうことに気付いた。




広場で民族衣装に身を包み踊る可愛い子供達。

本当に可愛くて、心が和む。

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夜のクラクフ中央広場


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ヴァヴァエル城


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